陸戦・決闘

武士道とは死ぬこととみつけたり

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に、参加してきましたリョーマです\(◎o◎)/!



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毎度、毎度のことですが…

わたくし、倒されまくっておりますWW



リョーマサカモト>サカモトさ~ さっきから何もできず死んでばかり
(T-T*)フフフ…

毛毬>武士道とは死ぬこととみつけたり




ぉお!!(゚ロ゚屮)屮

素敵な言葉をいただきました~\(◎o◎)/


聞いたことは勿論あります
あまりに有名な言葉ですよね


でも本当の意味って??


語れるほど知らないワタクシ…(^_^;)

なのでちと調べてみました



「武士道とは死ぬこととみつけたり」の本当の意味

武士道とは、死ぬこととみつけたり。生か死ぬかの二つに一つのときは、死ねばいい。なにも考えることはない。覚悟をきめて突き進め。目的もとげずに死ぬのは、犬死にだ、などというのは上方風な軽薄な武士道である。生か死ぬかのせっぱつまったとき、うまくやれるかどうかの判断がつくものか。
人間、生きるほうが好きだ。だから好きなほうに理屈をつける。だが、目的もとげられず、ただ生きのびたら、腰抜けだ。このあたりがむつかしい。目的をとげず死んだら、犬死に、気違い沙汰である。が、恥にはならぬ。これが、武士道に生きる男のありようでだ。
毎朝、毎晩、心静かに、死を考え死を思い、つねに死に身になっているとき、武士道の覚悟が身につき、一生、あやまちもなく、武士の務めを果たすものである。



「葉隠」の有名な冒頭の「武士道といふは死ぬことと見つけたり」で始まる一文を現代風に書くとこんな感じの意味のようです


そしてネットで色々調べていたら

「葉隠」は佐賀藩士山本常朝が隠居後、主君に奉仕する武士の心得を後輩に向けて述べたものですが、専門学者によると、書かれた時代の背景と全文の文脈から「死ぬことと見つけたり」とは「死ぬ覚悟で仕事にあたれ」が本当の意味です。

時代の背景とは、江戸時代の武士は平和が続き本来の使命である「自分の生命をかけて戦う」ことがなく、「平和ボケ」していたので、改めて「武士らしく命をかけて働け」とゲキを飛ばしたということです。



と、ありました


私は3on陸戦では罠師を担当しておりまして、毎回毎回死と隣り合わせでありますW
未熟すぎて大半はチームの勝敗関係なく切り伏せられているのではないでしょうか…

(T-T*)フフフ…


毎度毎度のことなので、常に   を覚悟して戦っています(>_<)


そんな私の心境にピッタンコな素敵な言葉を毛毬さんにいただけたこと
内心ちと嬉しかったりしました(///∇//)


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※これは練習会終盤に猛威をふるったアフロ強盗団との戦いです
 アフロ…恐ろしいWW







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~ Comment ~

NoTitle

死んではだめですうすうううううううう





以上 b wwwwwwwwwwwwwwww

ツインさん

武士道といふは死ぬことと見つけたりの解釈には…

もし二つの道があり、どちらも同じ成功の可能性があるとすれば、武士はより死ぬ可能性の高い方を選ぶ。

死ぬ可能性の低い方を選んでうまくいったとしても、それは腰抜けだからである。


ともあるのですWW

もちろんいつも死ににいってるわけじゃないよ?
私が未熟だから勝利を目指している過程で結果として死んじゃうことが多いってだけでWW

NoTitle

きちんと生きる、ということはきちんと死ぬ、ということなんですね~。逆もまたしかり。

武士の生き方でいえば、武田と上杉の川中島の戦いにも現れてますね。川中島の戦いは都合5回あったのですが、本当の激戦は4回目だけ。それ以外はただの小競り合いで終始したそうです。4回目といえば有名な、武田信繁さんや、山本勘助さんが討ち死にした戦いです。

立派に死に場所をみつけるためには、つまらない場所では死ねない。きつつき戦法が見破られ、武田本陣に上杉騎馬隊がせまったとき武田武士は死に物狂いで本陣を死守したのです。それまでは小競り合い程度しか戦っていなかったのはここが死ぬ場所ではないとわかっていたからなんでしょうね。死ぬ場所がわかれば、身を惜しむことなく仕える者のために死ぬ。武士の本懐、ここにあり、ということなのでしょうね。

ちなみに、さむらい、の語源は、さぶらう。自分が忠誠を尽くす人のそばにいることをさぶらう、といったそうです。

朝起きたら、今日が死ぬ日であるという気で一日をすごせ、といったともいわれますし、いかに武士が生死を間近にとらえていたかがわかりますね。

わたしには死んでもまねできませんww

  • #742 エギーユ・ユキート 
  • URL 
  • 2012.08/19 00:44 
  •  ▲EntryTop 

エギーユ・ユキート さん

私もゲーム内ならともかく、リアルでは命を惜しむ小者でございますゆえw

絶対無理でございます(^_^;)


でも、その強い精神力には憧れを感じずにはいられない!!

あら、わたしの読んだ本と少々異なります

一度死んだ気になると、生きているのがラッキーという気持ちになり、くいを残さないよう生きようという気になる。

さんまさんの「生きてるだけで丸儲け」と同じ意味かなって思ってました。
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